【三重県】田舎暮らし支援サイト よいとこネット 熊野・尾鷲・紀北編

田舎暮らしの光と影。丹念で分析的取材を心がける。不動産物件情報( 海、湖、池、川、山、田園、町)と三重県 東紀州・熊野古道案内。
ナビゲーターの「ざっくばらんな話」

2008年08月18日

 ムカデにかまれる

岡畑さん夫妻が曽根に引っ越してきた。様子を見にいった。この暑いなつの日、自分たちで壁の塗りかえをし、畳をあげてフロアーを作りとたいへんな作業である。よくやるなあ、僕だったらできないなあ、と驚きである。
 僕などは庭の草刈を10分するだけでゼイゼイと息があがる。
 海と川のそばだからやはり涼しいのだろう。朝などは油断すると寒いらしい。
 冬は零度になることはない曽根だから、夏はやや暑いのかなと思っていたら、尾鷲よりは涼しい。尾鷲も結構涼しいところだから、大阪や名古屋に比べたら、ずっと涼しいと感じるに違いない。
 その岡畑さんの奥さんがムカデに刺されたらしい。まずびっくりした。それから痛み始めた。よほどびっくりしたのだろう。どうしていいかわからなくなり、Mさんに電話し、救急車出動となった。午後にはすっかり痛みもとれて仕事をしていたが、こんな事件でウンザリしてもらいたくなあ、と思う。
 ムカデに刺されたら、すぐに痛いほど指で圧をかけて、その毒を出してしまうのがよい。
 人生を知らない土地で再び始めるわけだが、人本当にそれぞれなんだなあ、と思う。岡畑さんは、家の改装が終われば、彫刻をするらしい。魚も釣りたいらしい。
 曽根は外国人がみたら、その路地の町並みもいい風景に見えるだろうと思う。


 
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2008年06月25日

 58歳になる

 私も58歳になった。尾鷲市の議会をのぞきにいけば、執行部の側の席に顔見知りの同級生が多い。議員側にもいる。彼らを見ていると風貌が老齢に見える。う〜ん、私も実はそう見えるのだろう。
 どれだけ身体がもつか。自分の血管も、心臓も、まだ10年はもつだろうか、などと弱気に思うときもある。
 「残る人生を」 という言葉も身近になって、「どう生ければいいのだろう」と思う時も多い。
 私などは「篆刻家」の北条さんなどはわざわざ尾鷲に来て住んで、一体どんな神経をしているのだろうか、と思う。「咳をしてもひとり」みたいで、飄々ともし、わが道を歩くのみである。
 私などは俗っぽくて、関心事が多くて、酒は飲むわ、煙草は吸うわ、腹が太るわ、で、なにひとつ自己コントロールができないでいる。
 のらりくらりと仕事をしているし、なかなかにままならないし。
 ちょっと不調だなあ。

 
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2008年06月15日

 篆刻家移住集する

 松山(22年)ー東京(20年)ー中国雲南省(15)ー平泉(半年) そして尾鷲に住処を見つけ、私の家のすぐそばに引っ越してきた。50年前に現れた天才篆刻家で出尽くしたと言われている篆刻界に現れたH氏である。
 篆刻に使う蝋石が中国も工業化の波で工業用に使われるようになって、篆刻は今後材料が「木」になっていくだろう、と彼は言う。彼は尾鷲(おわせ)という地名を「びしゅう」と呼び、尾鷲印を作るのだと言っていた。ウバメガシやトチの木をあるのだから、あるいはもっと硬い木もあるかもしれず、飄々と彼は探していくのだろう。
 私が住むところは便利である。だいたいが歩いて用をすますことができる。H氏も便利だと感心していた。

 さて、現在、私が知るところでは、
 売り家は 曽根が2件。
 須野が 2件
 尾鷲が 1件
 紀北町道瀬が 1件
 紀北町 紀伊長島が 3件

 である。

 また誰か住んでくれるとよい。
 
 
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2008年06月11日

 蛍

夜、犬を連れて蛍を見に行った。家から車で2分ほど。熊野古道センターのそばに森があり、その中を小川が流れ、行き着く先には村島不動滝がある。
 蛍が、あっちで4,5匹、こっちで4,5匹と飛び交っている。

 尾鷲はありがたいところだ。海があり、川があり、山があり、こじんまりした便利な市街区がある。
 いくつか住んでみたい町というのがある。私の場合は、谷中、リスボン、北欧の都市。私の仕事などはどこでもできるので、さっさとその思いを遂げればいいのだが、尾鷲は離れがたい。
 この離れがたさは本当のところ何なんだろうと思うときがある。かって知ったる安心感?食べ物?便利さ?自然? それらのすべてなんだろう。

 ところで、この辺りに住むというのなら、市街地がいいと思うが、他所からくる多くの人は辺鄙な田舎を好む。私は、「不便だろう」と思うが、どうやらそれは違うようだ。
 この前、奈良市の住宅街に行くと、駅に出るまでたいへんだった。住宅街は都市計画の第一種か、二種の低層住宅地域になっているのか、店がない。これだったら、尾鷲の浦村に住むのも同じだと思った。
 名古屋から来た人達が、海まで車で20分の山奥のとこるに住むのだが、私らから見れば、そんなとこに、と思うのが、わずか来るまで20分のところに魚が連れる場所があるんですよ、となる。実際の感想は「う〜ん」である。  
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2008年06月07日

 帰国

一週間バリ島に行っておりました。たいへん涼しいバリ島でした。
個人のブログの方でバリ記をいつも書くのですが、今回は母親を連れていったこともあって、そのお守りといいますか、危なかっしいので、暇な時間もとれずにすんでしまいました。
 協からはしばらくは尾鷲におります。コメントをいただいた方々に早速アップせずに申し訳ありませんでした。  
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2008年05月01日

 若葉の季節

 この辺の山が変わってきたとつくづく思うようになった。昔の照葉樹林が増えてきているように思う。尾鷲の天狗倉山を見てもそう思う。檜や杉の人工林が減り、雑木が増えている。この辺の雑木はどんぐりや樫、椎、椿などの葉っぱがつやつやと照っているものだ。山の青葉はモコモコと成長しているように見える。この勢いが素晴らしい。この時期、雲ひとつない日もあって、海も青い。

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2008年03月13日

 バリ島へ

本日からバリ島に仕事で行きます。
 バリ日記をいつものように再開します。21日に帰ります。
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2008年03月07日

 マリンスポーツ

「江戸っ子」という寿司屋さんがあってこの頃よく行く。ここの主人は坂本九さんのお姉さんの子、つまり九ちゃんの甥っ子である。とても記憶力がよいのか、この人話がおもしろい。よくおぼえているし、表現も巧みなのである。尾鷲ではいつも賑わっている店だ。
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2008年02月29日

 今度は平泉から

中国に15年いて、今は平泉に住む書画、篆刻師が尾鷲の海辺に住もうとやってくる。とにかく会うだけでも会おうと思う。
 先日のSさんは「竿師」であった。竹選びから始まり、塗りをして、細工をして、手間隙かかる仕事である。
 篆刻(てんこく)の世界はどんな世界なのだろう。
 
 3月になればもう暖かいから、平泉からくれば、この辺は天国に思えるのではないか。長生きが多いといわれる「早田」を紹介したいと思っている。釣り宿によい手頃なところがある。

 このブログを見てくる人が増えている。嬉しい限りだ。


  
 
 
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2008年02月26日

 尾鷲市はPRを

三寒四温。まさにそのとおりで徐々に暖かくなっているようだ。向井を車で走ると甘夏みかんすずなりに生っている。一個もらって食べるとジューシーで美味しい。みかんがいくつも畑に落ちている。もったいないと思う。バリ島のココナッツオイルのように搾れば甘夏ミカンのオイルがとれるだろう。いっそのことエッセンシャルオイルを作れば、人気がでるのではないかと思う。グレープフルーツのエッセンシャルオイルが人気で、だいたい1ml 400円ぐらいはする。いいものだったらもっとする。
 ここの蜜柑は無農薬だから、オイル作りには非常にいいのではないか。

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2008年02月06日

 住みなれた町

東京に住む30代の夫婦からこの辺に移住したいと何度もメールが来る。京都に住む50代の夫婦もこの辺に引っ越してきたいと電話がかかった。
 「今は寒いので、暖かくなってから、お邪魔してもよろしいか」
 「寒いといったって京都ほどじゃありませんよ。 外で案内するのは平気ですから、いつでも来てくださいね」
 「そうなんですか。気温はどのくらいでしょうか?」
 「10度ぐらいでしょうね。今祭り中なんですが、これが終わるとだんだんと暖かくなってくるんです」
 「そうですか、暖かいところなんですね」
 「そうです。ブーゲンビリアが咲くくらいですから・・・」
 「また近々電話させていただきます」


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2008年02月01日

 バリ島のヴィラ

友人がバリ島にヴィラを建設している。このヴィラを売るつもりなのだ。買った人はこのヴィラを当然使用するのだが、始終バリ島にいない人は、来るときだけそこに住んで、いない時は賃貸で貸すこともできる。そういう世話もしてくれる。自慢のデザインだそうだ。
 バリ島に詳しい榎本さんに紹介してほしいと依頼があった。次回写真なども添付しましょう。
 花粉なんかで環境の悪いと思う人にはこの時期、1ケ月、2ケ月、バリ島に住むのもよい。
 脳みそが腐ってくるほど退屈になってくるかもしれないが、実にのんびりと趣味などを楽しむこともできると思う。興味ある人はご連絡を。

 バリ島 釣りバリ島 鳥の音楽バリ島 村







   釣り風景             鳥の音楽         バリの祭日の村
バリ島 アマヌサバリ島 沐浴バリ島 アマヌサ






  ホテル マヌサ           海での祈り           プライベートビーチ
バリ島 踊り






  レゴンダンス
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2008年01月11日

 腰痛

 首の調子が悪い。第一、第二頸椎あたりの筋肉が硬直しているようだ。たぶん、第5腰椎のところが悪いため、無意識にかばうため骨盤や肩甲骨が歪み、それと頭が前に出るからではないかと思われる。
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2007年12月05日

 釣り天国

西川さん夫婦の釣り三昧の日々を見ていると、本当にこの辺は趣味の釣りにはよいとこなのだなあ、と思う。
 彼の場合、6月から10月は「鮎釣り」。ときにアマゴ。時々、うなぎやモクズガニを獲りに行く。11月になるとイガミ、アオリイカ。、最近アオリイカが多く、彼はヤエンという釣り方をする。春になればキス釣りに行ったり、ガシ釣りに行く。
 チヌやイシダイ、イシガキダイもこの辺は多いが、彼はしない。ヒラメ、スズキを狙う釣師も多いが彼はしない。カツオ、メジロ、ハマチ、ブリ、ヒラマサ、トンボマグロもしない。アジつりは時々いくらしい。サヨリ、タチウオには行ってないようだ。
 釣りのレパートリーを広げようと思ったらいくらでもできる。
 若い釣師で尾鷲で日本一のスズキを狙っている男がいる。この男を取材した。取材後、惜しくも日本一に2センチ足らずのスズキを釣り上げた。「ここで釣らんと意味がない」と彼は言う。「ここに住んで釣っとんやか、ここで一番を出す」と意気込むのである。
 釣りも奥が深いらしく、漫然と釣っている人、いつも考えながら釣る凝り性の人で圧倒的に差がつくものらしい。
 ボクも、釣りに熱中できたらこの辺に住むことに極上の喜びをおぼえることなのだろう。
 もうすぐ、また釣り好きな夫婦が岐阜県から引っ越してくる。完全に移住するのだから、その釣り好きさもわかるというものだ。

 
 
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2007年11月27日

 天川紀行 3

今回はNさん夫婦が一緒だった。Nさんは渓流釣りが大好きで、上里を中心に、「釣りには便利なところだね」と釣り三昧の日々である。私は時々彼が釣ってきた鮎やアマゴ、時にはモクズガニをもらう。奥さんは野菜を作っているので、野菜をもらう時もある。私にはあげるものがない。
 
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 天川紀行 2

玉置神社を去り、天川村に向かった。途中で谷瀬の吊橋があるというので、寄ることにした。わざとかのようにこの吊橋は板を張ったもので、足元がやや不安定である。全長が200メートルはあるのではないかと思った。吊橋は渡ってみたいものだ。20人を超えたら危険と書いてあるが人数を勘定する人もおらず、平気で人は吊橋を渡る。渡ってみたくなるのだ。
 どこから集まってくるのか結構な数の観光客がいる。続きを読む
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2007年11月14日

 天川紀行 1

 原日本人が急に山中で生まれたわけではないだろう。確実に言えることは、人類が海から上がってきたのだから、原日本人も、流れてきたか、目的をもってきたかは知らないが、発生は海辺だろうと思う。
 中国南部沿岸、南インド、フィリピン諸島やインドネシア諸島からこのヤポネシアにたどりついた。この島は多くの人種がたどり着いた果てだったのだろう。人々は海辺で暮らすうちに共同体も狭くなってくる。あるいはもっと都合のよいところがある、とある個人やグループが海辺に注ぐ川に沿いながら上っていった。
 入り江のある小さな漁村では生きられる人数には限りがある。限界人数を超えると川を上っていく。
 あるいは海辺よりも海から離れたところのほうが生きるに有利だったのかもしれない。
 意外と川には海ほどではないが美味なたんぱく質源である魚が住み、そのあたりにも山の木の実や生り物がある。猪や鹿もいる。
 津波が来て、流される海辺より、川沿いに上ったほうが生きやすいと思った人たちがいたに違いない。

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yoitoko_net at 17:53|この記事のURLComments(0)

2007年09月24日

 伊勢神宮 舞楽

 伊勢神宮の神楽祭で年2回ある舞楽奉納があるというので見に行った。神に捧げる舞である。中秋の頃に行われるが、今年はまだ暑い日が続いている。左右に太陽と月のシンボル塔を置き、炎のような右の置物は大太鼓になっている。笙、しちりきなどの笛の音と天や大地に響緩やかな大太鼓。「納曽利」 という龍が踊る舞を見た。古代が甦るようであった。
 本当は全部みたかったのだが、伊勢神宮に着くまで大渋滞で、見れなかった。
 喜多流の「能」もやっていた。 神宮内を歩いていると、若冲が描いた「鶏」が数羽いる。生きた幾つもの鮮やかな色をした鶏はみたことがなかったので、若冲の絵画そのものを見たようで、不思議な気持ちになった。赤福と冷たいほうじ茶をいただいて帰路についた。


神楽1神楽2神宮鶏









神宮
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2007年07月25日

 旧尾鷲町はいいと思う

  私の住む尾鷲などは、なにもかも便利でややもすると都会より便利かもしれない。テニスコートは無料。夜間使用で200円。釣り場は堤防、岸壁、磯、砂浜、
 湖、川、池とあり、車でちょっといくだけだ。
 家から歩いても、銀行、郵便局、クリニック、ブティイク、靴屋、だいたいのもは歩いて済ませることができる。夜の町も歩きで行ける。居酒屋、イタリアン、焼肉、活け魚料理なんでもある。
 ただ、昨今、津波騒ぎがあって、心もとないところもあるが、離れがたい場所だ。

 人里離れた「田舎暮らし」はちょっと寂しすぎるような気がする。
 小さな村に入っていけば、その土地のしきたりや慣習があり、口うるさい人もいるだろうが、旧尾鷲のようなところはそのような縛りはなく、他所からきた人も楽しそうに暮らしている。
 この前は、シタールの奏者が尾鷲で暮らし始めた。たちまちに彼は、地元新聞で紹介され、それが伝わってテレビにまで出てしまった。彼は気持ちよさそうにシタールの演奏会を開き、DVDを売って暮らしている。
 田舎暮らしに尾鷲は不向きだと思う人が多いようだが、僕なら尾鷲ですね。
 なにもかもに便利なのがなによりだ。そう思うんだが。
 
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2007年07月01日

 山を歩く

「こんな山、いかんなあ」
 とMさんは石がごろごろした檜林の斜面に腰掛けながら言った。
 「雑木の山やと魚にもええけどな」
 するとNさんが、
 「志摩でな、海岸線はみなウバメガシにしたらしいわ。そしたら、真珠貝のつきがものすごうよいってのう。」
 私は、「こんぽ地域は照葉樹林の地域ですからね。つやつやした葉っぱの常緑樹でしょう。それだったら、微生物もおおいでしょうが、檜林はシダが生えるくらいで、微生物はほとんどいないらしいです」



  

 
 
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2007年05月05日

 事情

 この頃物件の情報がさっぱり載ってこない、と思っておられる方が多いと思う。
 相棒だった、不動産会社の社長さんが病気になられて、私ひとりだと、資格をもっているわけでもないので、控えているのである。社長さんは止めたいと言ってきた。
 結局、直接に売主と買主とで、直に取引をしていただくことになる。
 しかし、この辺に移住してきてくれることは大いに喜ばしいことなので、その点ではいつまでもお手伝いしたい。
 
yoitoko_net at 14:17|この記事のURLComments(0)

2007年04月16日

 明日からバリ島

今日からバリ島に仕事でいきます。
バリ記 は 25じかんめ
始まります。
23日には戻ります。



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2007年04月13日

 いろいろな人が来る

 漁師になりたい。音楽果が定住したい。百姓作家になりたい。海辺の生物を研究したい。
 私はすっかり尾鷲に定住しているので、移住を考えるならば「都会」かな、などと思っている。海辺の生物を研究するがやり甲斐であるなら、海辺が近くあったほうがよいのだが、私はそんな学識や好奇心はもっておらず、もっぱら食べるほうに興味があるくらいなので、逆になんでもある都会に憧れるのである。
 と言って、いざ、東京へ、となったら尻込みはするだろう。
 えたれやオニエビやちゃんぽこなどが食えなくなると思うと実に寂しい。

 私が何度も紹介した新鹿の家を名古屋の方が購入したが、その家を見るついでに新鹿を回った。やはり新鹿はよいと思う。静かである。ひろびろとしている。海や島のの形がよい。
 海の見える棚田で農作業をしていたご夫婦と話をした。米も作っている。野菜も作る。きのこ類も作る。庭には上手に手入れされた花が咲いている。見事な山吹も満開だった。ほとんど自給自足だそうである。わずかな国民年金をもらっているそうだが、野菜と交換で魚や貝をいただくので、お金を使うことがない、という。
 一瞬うらやましい、と思うが、また一瞬、自分にこんな生活ができるか、と考えてしまう。私のような身体を動かすことに不精な人間には資格がないような気がするのだ。

 蕨、たけのこをいあただき、ついでに花まで株わけしてもらっていただいた。
 感謝。
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2007年04月01日

 相談にのる

 現在、3つのプロジェクトをすすめている。
 ひとつは「いちご農園」である。「甘味大王」といういちごは糖度が20.収穫量は通常の3倍である。この事業を行いたい人に、プロデュース会社として、事業化のお世話をする。やりたい人を募集する。農地を貸してくれる人を見つける。県や国の助成制度があり、農業生産法人に限って有利な助成がある。

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2007年03月30日

 音楽家が来たい

 高野山に住んでいる人でインドの楽器を弾く音楽家がこの辺に住みたいという。
作曲をしたり、映像を作って、それで生計をたてているらしい。
 なんでも今住んでいるところは隣近所があって、部屋も小さく、作曲などの活動に不便らしいのだ。
 波田須に「天女座」という音楽家夫婦がおり、工場のあとを改装して、雰囲気のある芝居小屋とカフェを開いた。さすがに音楽は吸引力があるらしく、見晴らしのよい、そのカフェには人が集まり、芝居小屋ではいろいろな催し物が開かれている。
 その音楽家は「芸術村のような構想はそちらではないのでしょうか」と書いていた。ない。
 以前、貧乏に貧乏を重ねてやがて朝日工芸展、中日工芸展など次々と賞を総なめしていった美崎光邦は、尾鷲でひっそりと自分の作風を作りあげていった。尾鷲の市民は応援した。行政には一切頼ることはなかった。
 今度こちらに来るという。話をすれば、何にしろ、わかる、というものだ。

 

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2007年03月12日

 半日のドライブ

 日曜日、天気が爽やかで、午後から熊野方面に妻とドライブに出た。新宮あたりまでと思ったが、大泊の「ネモ」に入って海を眺めようとなったが、まだ時間も早いので、もう少し足を伸ばして、「花の巌」を見ることにした。もう何度も訪れている。
 日本書記で紹介される日本最古の神社と紹介されている。何度きても私にはおもしろく、ひきずってきた日常がここに入ると瞬時に位相を変え、時間が遡るようである。
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2007年03月02日

 一人酒

李白の詩にこんなのがある。

花間 一壷の酒
独り酌みて 相親しむもの無し
杯を挙げて 明月を迎え
影に対して 三人と成る
月は既に飲むを解せず
影は徒らに我が身に随う
暫く月と影を伴いて
行楽 須らく春に及ぶべし
我歌えば 月徘徊し
我舞えば 影零乱す
醒むる時は 同に交歓し
酔いてのちは 各々分散す
永く無情の遊を結ばんとし
相期す 遥かなる雲漢に
(訳 八木章好)

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2007年02月21日

 アオリイカをもらった

今日kと、津のほうから不動産会社さんが来て、この辺をいろいろ見て回った。須野にも寄った。堤防から磯を見ていると釣り人がこちらに向かってやってくる。もう帰るんだな、何が釣れたのかな、とその釣り人がこちらに来るのを待っていた。すると、な、なんと、西川さんだった。そう言えば奥さんが言っていたのを思いだした。
 「あれ、榎本さんじゃないの」
 「2匹。8匹ほど逃がしたかな。一匹は2キロはあったんだけどな。釣れたら榎本さんにやろうと思っていたんだよ」
 と言って、一匹生きたのをもらった。この時期のアオリイカは美味しい。ラッキーてな感じだ。
 須野の村も相変わらずで、京都から来て住んでいる畠山さんご夫婦も元気だった。
 広場があり、廃校があり、集会所もあるのだが、人が5人しか住んでいないのだから、どうなるんだろう、と思いながら、1年が過ぎた。
 須野の知り合いが家を売りたいというので、それも見た。材木はよいのを使っているが、中2階の漁村の家である。家は建てこんでいるが、近所に住んでいるのは81歳のおばあさんだけである。下のほうには、4人ほど住んでいる。
 81歳のおばあさんと話をした。
 「買い物はどうしとるん?」
 「週に2回、二木島までの巡回バスがあってな、それで間に合う」
 「一人暮らし?」
 「気楽でよいが。よう離れん」

 「あと、10人でも人が住むようになったら、いいですね」
と畠山さんに言うと、そんな希望はもうないらしく、「そうだね」とも言わない。
もういいのだろうか。畠山さんも81歳である。
 「近頃は鹿が来るようになって、猿と鹿対策やね。猪が来んようになったわ」

 夜、ここに来たことはないが、さぞかし、静かなのだろう。今度夜来てみようと思う。高速が賀田まで来るのはもうすぐだ。ちょっとは須野も便利になるかもしれない。いつ来ても風景がよいところだ。
 


 
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2007年02月18日

 連絡を乞う

 昨年、12月に市木あたりにお住まいの方で、私にお電話を下さった方、ご連絡いただけませんか。連絡したいのですが、電話番号を紛失しました。申し訳ありませんが、 090−1410−2443 榎本 までお電話ください。


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2007年01月11日

 海の道

尾鷲から楯ゲ崎あたりまでは、柱状節理の岩肌がダイナミックに連なり熊野灘に身をおいて、東紀州の景観に圧倒される。これは釣り人しかしらない景色である。
 熊野三山に向かう旅人の中では、海の道を選んだ人もいたのではないか。
 そんなことを思っていた。続きを読む
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榎 本 順 一
 私がナビゲーターの榎本です。私のことについては本木周一(榎本のペンネーム)のブログ「25時間目」に。私の会社については「あれこれバリ島 発見・発掘 に詳しく書いてあります。サイドメニューでも詳しく職歴を書いております。 私は今日、2005年8月1日より「田舎暮らし支援サイト【いいとこ!熊野・尾鷲・紀北編】の案内人となり、私が住む尾鷲はもとより、熊野・海山周辺で暮らす、ヒントになるようなものを紹介していきます。
 私を支援してくれるのは、不動産屋さんであるとか、町の人であるとかです。田舎暮らしを支援するためには「不動産の物件」は必須ですから、これには最大の情報網で紹介していきたいと思います。まだ物件は少ないですが、だんだんと多くなってきます。楽しみにして「お気に入り」に登録してください。
 この辺の人口が一人でも増え、そして「田舎暮らし」がほどよいものになるならば、このプロジェクトは成功です。
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