この辺を写真で紹介
2006年09月10日
カッパ
いつの間にか心落ち着け、のんびりとできる場所として日曜日に1時間ほど憩うのが習慣になった。紀伊長島の片上池のそばに「カッパ」というレストランがある。コーヒーも飲める。
緑の木立の中にあって、店の窓から片上池に浮かぶ水鳥の行動や彼らがたてる波紋、光の具合で変化する水面を見ているだけで、「よいところだ」 と思う。



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緑の木立の中にあって、店の窓から片上池に浮かぶ水鳥の行動や彼らがたてる波紋、光の具合で変化する水面を見ているだけで、「よいところだ」 と思う。
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2006年07月10日
白浦の公園
白浦の公園に犬を連れてでかけた。尾鷲から20分である。沢でおたまじゃくしを親子三人が探している。白いタモをもっている。池をよく見ると、アメンボやシオカラトンボがいて、見ているだけで忙しいものだ。
くっきりと晴れた日にはならず、前方の島はぼんやりと見える程度だ。泳いでいる、というより水浴びをしている家族もいる。夏の風景だった。写真を数枚撮った。

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くっきりと晴れた日にはならず、前方の島はぼんやりと見える程度だ。泳いでいる、というより水浴びをしている家族もいる。夏の風景だった。写真を数枚撮った。
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2006年05月06日
2006年04月23日
浄の城つつじ祭り
あいにく今日午前中は雨がそぼ降っていた。天気予報では午後からは雨も止みそうだった。今日は曽根の「つつじ祭り」がある、とかねがね佐野区長に聞かされていた。た。珍しい「オンツツジ」が曽根に自生しているのだいう。電話をすると、「こっちは雨も止んださか、今からするど。早よ、来いや」と言う。


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2006年04月09日
誰が描いた? 小山浦
中国からの黄砂が一日中空を覆った。午前、公認会計士をしている奥田さんと浦村のあちこちを見てまわり、桜を見ながら弁当を食べた。畑を処分したい、という方がいて、やはり、この畑問題はなんとかしないと、使われない畑がどんどん残っていくことをさらに実感した。
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2005年12月06日
須賀利
須賀利
住宅地図を見ながら、踊り場のようになったところで、目当ての家がどこにあるかたずねた。好奇心いっぱいのおばあさん達の一人が代表して、
「あんたどこから来たんどな」
「尾鷲」
と答えると、「なんだあ、尾鷲か」みたいな顔をする。
「ここの階段も下からは遠くに見えるけど、歩いたら、なんにもやったで」
「そうやり。都会の人に比べたら、ちょっとのことやけどな」
「○○さんの家を探しとるんやけど」
と言うと、
「そこ、そこ、ほれ、あの石垣の家」
と教えてくれた。カメラを持っていたからなのか、
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住宅地図を見ながら、踊り場のようになったところで、目当ての家がどこにあるかたずねた。好奇心いっぱいのおばあさん達の一人が代表して、
「尾鷲」
と答えると、「なんだあ、尾鷲か」みたいな顔をする。
「ここの階段も下からは遠くに見えるけど、歩いたら、なんにもやったで」
「そうやり。都会の人に比べたら、ちょっとのことやけどな」
「○○さんの家を探しとるんやけど」
と言うと、
「そこ、そこ、ほれ、あの石垣の家」
と教えてくれた。カメラを持っていたからなのか、
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2005年11月11日
三木崎まで
弓削さんは50歳。若く見える。顔にしみのひとつもない。ヨットや住宅や店舗のデザイナーである。アメリカやオーストラリアそして日本で活躍している。アメリカの雑誌で仕事の内容などが写真とともに紹介されている。
互いに用件だけを話すので、互いのこれまでの人生についてはほとんど知らない。
弓削さんは仕事が速いらしく、すでに自宅となった三木浦の家の改装の設計をしていた。また別の紙に撤去するべき部分について詳細をプリントしていた。撤去を請け負う太田工務店の太田さんは「これやったら早い」と喜んだ。言葉だけでやりとりするより確実で誤解がないはずだ。設計図と撤去するべきところのメモも見ながら家の中を見て、さらに説明を聞けばよい。
さすが、プロ。撤去の打ち合わせは30分で済んだ。
「台所設備や大きいものは太田さんところに送ってもいいですか」
「了解」
太田さんの工場は敷地が広く、大きな倉庫もある。
「どう、榎本さん、ここの書斎から見える景色だよ。いいでしょ」
「うん、よい」
岸壁が見える。光る海、遠くの山並、行き交う漁船。邪魔するものは前になにもない。ここで毎日の様々な海の風景を見て過ごすことになる。雨の日も、台風の日もである。
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互いに用件だけを話すので、互いのこれまでの人生についてはほとんど知らない。
弓削さんは仕事が速いらしく、すでに自宅となった三木浦の家の改装の設計をしていた。また別の紙に撤去するべき部分について詳細をプリントしていた。撤去を請け負う太田工務店の太田さんは「これやったら早い」と喜んだ。言葉だけでやりとりするより確実で誤解がないはずだ。設計図と撤去するべきところのメモも見ながら家の中を見て、さらに説明を聞けばよい。
「台所設備や大きいものは太田さんところに送ってもいいですか」
「了解」
太田さんの工場は敷地が広く、大きな倉庫もある。
「どう、榎本さん、ここの書斎から見える景色だよ。いいでしょ」
「うん、よい」
岸壁が見える。光る海、遠くの山並、行き交う漁船。邪魔するものは前になにもない。ここで毎日の様々な海の風景を見て過ごすことになる。雨の日も、台風の日もである。
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2005年10月26日
磯崎
A氏の要請を受けて、磯崎に行ってきた。国道42号線から二木島方面と熊野方面に大泊で道が分かれる。国道311号線(二木島方面)に入り、5分も走れば、磯崎に入る入り口が見える。小さな漁村の集落である。昭和30年代に建てられた家が山の中に入り組んで建っている。ここで熊野灘のリアス式海岸が終わる。ここからは枯れ木灘である。突然と砂利浜が延々と続くようになる。
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続きを読む2005年09月20日
十五夜観月会
斎宮。天皇の妹が天皇の代理となり、巫女となってこの地で伊勢神宮を管理したのだろう。まだ全貌があきらかになっておらず、なおも発掘調査中である。この日は晴天で雲ひとつなく冷ややかな大氣が虫の声をよく通す。
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2005年08月16日
盆の風景
尾鷲の魚市場で初盆の燈籠流しが夕方行われる。人々は仏壇に飾ってあっただんごなどの食べ物をもち、燈籠や蓮の花の飾りをもってくる。人でいっぱいになる。僕は初めて見る風景で、ここはやはりアジアなのだと思った。人の群がり方、その歩く姿勢や家族の連れ添い方、線香を焚く風景。、バリ島でも同じように盆があり、盆の時期先祖の霊は迷うことなくこの世に来て、そしてまた帰っていく、と信じて送り返す儀式を行う。果物、米、花、いろいろなお供えは日本とは比べものにならないくらい多い。
日本では服も自由であるが、線香を焚き、霊を送るのは同じである。
これとよく似た風景を台湾や北京で見たことがある。
みんなやっているからと延々と同じような習慣が続く。しかし、時代の流れにしたがって、今は清掃車が待ち構えて、不要になったゴミとなるものを海に流すのではなく、清掃車に放り込むのだ。
死んだものは決して生き返ることはないが、家族の心に残り、このような儀式と共に甦るのである。
この日、国道42号線を夜走ると、あちこちで花火が打ち上げられていた。またこの日、遅くまで盆踊りをして先祖を供養する人々の風景が見られた。



市の清掃を担当する人も出て、流すものを引き取る窓口を作っている。死者を思うとなれば私たちのイメージも浮遊してあたかも霊がそこにいるような感覚になる。現世のそんな心遣いがこの晩凝縮される。
日本では服も自由であるが、線香を焚き、霊を送るのは同じである。
これとよく似た風景を台湾や北京で見たことがある。
みんなやっているからと延々と同じような習慣が続く。しかし、時代の流れにしたがって、今は清掃車が待ち構えて、不要になったゴミとなるものを海に流すのではなく、清掃車に放り込むのだ。
死んだものは決して生き返ることはないが、家族の心に残り、このような儀式と共に甦るのである。
この日、国道42号線を夜走ると、あちこちで花火が打ち上げられていた。またこの日、遅くまで盆踊りをして先祖を供養する人々の風景が見られた。
2005年08月09日
東紀州 川筋 1 夏
東紀州 川筋 1 夏
国道42号線を堺に海岸側と山側が分れることになる。山側の町は川筋に沿って形成される。紀伊長島なら赤羽川。海山町で銚子川、熊野市の飛鳥なら大又川である。人間が住居を移動していく様子がわかる。橋が多い。川の近辺の平地や小山には棚田を作る。一部の人たちがそこに定着する。そしてまた一部のものがさらに奥へ奥へと進んだに違いない。熊野古道で注目されつつある紀伊山地は「常世」だ、「黄泉の国」だと、古事記があるせいで言われるが、それはこの地域を滅ぼした勝者が自ずと怨霊だと言い、祟りを恐れたからだろう。
夏の川筋は明るい。静かである。山と川のある町はもうひとつの私たちの原風景である。
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国道42号線を堺に海岸側と山側が分れることになる。山側の町は川筋に沿って形成される。紀伊長島なら赤羽川。海山町で銚子川、熊野市の飛鳥なら大又川である。人間が住居を移動していく様子がわかる。橋が多い。川の近辺の平地や小山には棚田を作る。一部の人たちがそこに定着する。そしてまた一部のものがさらに奥へ奥へと進んだに違いない。熊野古道で注目されつつある紀伊山地は「常世」だ、「黄泉の国」だと、古事記があるせいで言われるが、それはこの地域を滅ぼした勝者が自ずと怨霊だと言い、祟りを恐れたからだろう。
夏の川筋は明るい。静かである。山と川のある町はもうひとつの私たちの原風景である。
2005年08月01日
岸壁 釣りの風景
老夫婦らしき一組が竿を出している。話しかけると返ってきた言葉は名古屋弁であった。
5年前、尾鷲の向井に移住したという。
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2005年07月30日
東紀州 海岸線 夏 2
東紀州 海岸線 夏 2
尾鷲から熊野に海岸線をたどると山と海の間の平地がほぼなくなっていく。人間は小山の傾斜面に磯の貝のごとくへばりつくように家を建てている。海の上に住めなかったのだろう。津波を恐れたのだろう。人は人を必要とするのだろう。
豊饒の海の青は地中海よりも美しい。東京でも人間は同じである。密集する家。2階、3階と階段を上がる家。出かけるには遠い都心。決定的な違いは何か。東紀州は海と山、都会は平野。もうひとつある。映像だ。都会の映像はウインドウに多重に物が映る。電車、電車の乗客、オフィズの窓、その中の働く人。この辺ではそれは一切ない。映像が単一である。

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尾鷲から熊野に海岸線をたどると山と海の間の平地がほぼなくなっていく。人間は小山の傾斜面に磯の貝のごとくへばりつくように家を建てている。海の上に住めなかったのだろう。津波を恐れたのだろう。人は人を必要とするのだろう。
豊饒の海の青は地中海よりも美しい。東京でも人間は同じである。密集する家。2階、3階と階段を上がる家。出かけるには遠い都心。決定的な違いは何か。東紀州は海と山、都会は平野。もうひとつある。映像だ。都会の映像はウインドウに多重に物が映る。電車、電車の乗客、オフィズの窓、その中の働く人。この辺ではそれは一切ない。映像が単一である。
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2005年07月23日
東紀州海岸線 夏 1
東紀州海岸線 夏
東紀州は海岸線沿いの漁村と川べりの農山村に大別される。
紀伊長島から尾鷲までは山がそれほど海に迫ることはなく、平地があり、川に沿っ
て農地も拓けている。田舎暮らしにイメージに近い。
地図上では、紀伊長島、海野、古里、矢口、大白、白浦、船越、島勝の順でだんだ
んと山が海に迫り始める。古里に温泉があるため、民宿も多い。島勝も釣りや海水
浴客を相手にした民宿が多い。ここまではまだ平地がある。深い尾鷲湾から熊野方
面は楯ゲ崎を頂上のようにして海面と陸の差が広がり、平地はなくなる。

←大白浜

須賀利漁港で。日曜日釣りを楽しむ親子連れ。なんと知り合いだった。青い魚は釣
り上げると黒くなる
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東紀州は海岸線沿いの漁村と川べりの農山村に大別される。
紀伊長島から尾鷲までは山がそれほど海に迫ることはなく、平地があり、川に沿っ
て農地も拓けている。田舎暮らしにイメージに近い。
地図上では、紀伊長島、海野、古里、矢口、大白、白浦、船越、島勝の順でだんだ
んと山が海に迫り始める。古里に温泉があるため、民宿も多い。島勝も釣りや海水
浴客を相手にした民宿が多い。ここまではまだ平地がある。深い尾鷲湾から熊野方
面は楯ゲ崎を頂上のようにして海面と陸の差が広がり、平地はなくなる。
←大白浜
須賀利漁港で。日曜日釣りを楽しむ親子連れ。なんと知り合いだった。青い魚は釣
り上げると黒くなる
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2005年07月01日
釣りファンならたまりません!
魚を釣る場所を紹介してみよう。もうこのへんは延々とリアス式海岸が続き、最高級の磯が紀伊長島から熊野まで延々と続いているのである。
沖 鯛、イサキ、ヒラマサ、ブリ、カマス カツオ、 マグロ などなど
磯 イシダイ、イシガキダイ、グレ、チヌ、イガミ(舞鯛)、ハマチ、カツオ
ウツボ、ガシ、キンメダイ など
砂地 ホンゴチ、ヒラメ、エイ、キス、ホウボウ、メイチダイ、 甘鯛など
岸壁 アオリイカ、アジ、サバ、ガシ、キス、クエなど
堤防 アジ、サバ、ガシ、キス、カレイ、タイなど、
河口 スズキ、ヒラアジ
川 アユ、アマゴなど
湖 チヌ、
池 鯉、鮒 など
ポイントは住んでみたらわかってくるものでしよう?

←エーゲ海のような梶賀の海。この辺からあ海面と陸の差異が最大になる。

三木浦漁港
海岸線には小さな漁港がぽつぽつと鄙びて在る。→
沖 鯛、イサキ、ヒラマサ、ブリ、カマス カツオ、 マグロ などなど
磯 イシダイ、イシガキダイ、グレ、チヌ、イガミ(舞鯛)、ハマチ、カツオ
ウツボ、ガシ、キンメダイ など
砂地 ホンゴチ、ヒラメ、エイ、キス、ホウボウ、メイチダイ、 甘鯛など
岸壁 アオリイカ、アジ、サバ、ガシ、キス、クエなど
堤防 アジ、サバ、ガシ、キス、カレイ、タイなど、
河口 スズキ、ヒラアジ
川 アユ、アマゴなど
湖 チヌ、
池 鯉、鮒 など
ポイントは住んでみたらわかってくるものでしよう?
←エーゲ海のような梶賀の海。この辺からあ海面と陸の差異が最大になる。
三木浦漁港
海岸線には小さな漁港がぽつぽつと鄙びて在る。→


